2016年01月04日

薪用材の伐採

2015.11.5 秋口に切り倒した薪用の雑木の小切りの仕事をする。草地の仕事が一段落と思ったら冬将軍が間近に迫り、東北や北海道は積雪の便り。毎日は飛ぶように過ぎ去り、老体の懸命は季節に追いつかない。

牧場を始めて50年余り、ふと気がつくと牧草地の周辺の木々が異常に生育していた。牧草地が堆肥の投入で肥沃になるにつれて、肥料の横取りで猛然と生育を始めた、そんな感じである。とはいえ、肥料だけでなく日光もよこせと、牧草の上に覆いかぶさるように横伸びをする。そのつもりで観察すると、3メートルから5メートルばかりも侵入されている。これはたまらんと、薪は牧草地の周囲の木ということに決めたのだが、予想外の生育で仕事のはかどらないこと。もっとも私の老齢で能率が落ちているから余計に、である。

牧草地の周りは初期の牧柵代わりに立木を有刺線の杭代りに使用したこともあって、思いがけないところに針金あり釘ありで、刃物にとって大敵がいたるところにいるという状態なのだから、仕事がはかどらないのもやむを得ないか。

もう一つ問題があって、足の衰えが仕事に影響する。特に斜面での伐採は細心の注意がいる。倒れ始めて避難するのに昔のように敏速に退避が出来ないためだ。伐採は昔とった杵柄で何とかこなせるが、倒れ始めるときに避難の距離を稼げない。特に斜面の伐採は根元がどのくらい跳ねるかの予測が難しい。だから余裕をもって逃げなくてはいけないのだが、それが出来なくなったのだ。せいぜい2〜3メートルも離れれば上等といった現状は、老人には勧められない作業である。
だからお前は若くはないのだと、何度も自分に言い聞かせながらチエンソーを操るんだ。幸い今年は何とか仕事をこなせている。

思えばチエンソーという高能率の機械が私達にも買える値段で供給されるようになって、山仕事の能率も一変した。何しろ鋸で木を切る仕事は手作業の最たるもの、薪きりの伐採も大小2種か3種の鋸を使う。切る樹種によって歯の研ぎ方を変えて等々、腕の違いで能力は何倍、いや何十倍も違うのだから、素人から見ると専門家は神様に見えたもんだ。ところが70年前、始めてチエンソーなる機械を見た。国産で現在の機械から見ると巨大な代物だったが、間もなくマッカラーというアメリカ製の小型機が国内市場を圧倒した。その能力の高さ、使用の簡単さ、山仕事の人間にとって垂涎の機械だった。
しかし、その高価だったこと。それに原動機が2サイクルで性能が悪く、なかなか起動しない。しかしエンジンが回り始めると、その高性能は従来の手鋸など視野に入れられないほど。国産化して改良されて、私達も何台ものチエンソーの遍歴をした。そう、大金を投入したんだ。

現在は当然のように大小2台のチエンソーと腰鋸と腰鉈を持参で山に入る。簡単に伐採できるようになった反面、危険は倍増している。長い人生の中で何人かの知人を山事故で失った。近代化は細心の注意と知識が必要だった。

手鋸の時代は研ぎの技術の差がその人の能力とされた。チエンソーの現在でもプロとアマチュアの差は歴然として存在する。私は老化の進行で技術が落ちたとくるから切れ味もいまいちになって歯がゆいこと。俺も昔はプロの炭焼だったのに悔やむのだ。

チエンソーの製造会社は世界に無数にある、日本でも十指に近い。改良の競争のおかげで使いやすさと値段の低下で昔のような財産でなく普通の道具になった。ところが戦後登場したオレゴン社のチェンソーのナイフは独創的な発想と絶え間ない改良の積み上げで他社の追従をゆるさない。チェンソーのナイフはどの会社もオレゴンで共通なんだ。

気がついてみたら、牧場を始めて50年以上も経った。牧草地の周りの木が異常に生長していた。伐採して年輪を数えると、ここ20年余りの成長が明らかに異常と思えるほどの年輪の幅を広げている。最近は牧草地の上に枝を伸ばすだけなく、幹まで曲がって日光を奪おうとしている。山仕事のプロいわく、根は日光と肥料を追っかけて、幹の高さの長さまで伸ばすのだと。

そんなわけで薪用に切るくらいでは樹木の生長には太刀打ち出来そうもない。自然というものは人知の及ばない力を持っている。自然を教師として生きてきた私がいまだに感銘を受け続けている。自然万歳。

2015.12.30 見浦 哲弥
posted by tetsu at 12:54| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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