2015年07月20日

角と教育

和牛は牛ですから立派な角があります。広島牛とか但馬牛とか地方によって角にも特徴があって、広島は横に広がって大きな角、岡山の千屋牛は細い角が上に曲がってと、エトセトラです。

ところが牛は集団で暮らす動物、ドミネンスオーダーと言う順列を作る本能があって、その為の喧嘩があります。
牛飼いを始めた頃は一頭飼いの子牛を導入して群を作り、放牧で経営を始めたのですから喧嘩が絶えなくて、牛の怪我が続き、困り果てました。先生方に教えを請うと簡単に除角をしろと。早速教科書を読むといろいろの方法が記述してありました。鋸で切る、油圧の切断ハサミで切る、子牛の角の伸び始めに苛性ソーダで焼く、等々。

当時は私は30才前半の蛮勇の固まりで、暴れる牛を枠場に固定して、大工鋸でゴシゴシ切り落としたのだからすさまじい。
切り始めて、直ぐに出血が始まりました。こりゃ止血がいると、急遽、焼きごてを準備しました。ところが焼いても止まらない。こりゃ全部切り落さなくては止血は出来ない。
切り落とすと血が赤い糸のように2〜3メートルも飛んだのです。肝を潰しましたね。後で牛の角には3本の細い動脈が通っていると聞いたのですが、そのときは止血することで頭は回りません。焼き鏝で切断面を焼くのですが止まらない。試行錯誤、血管の周囲を焼きごてで潰して止血する方法を探り当てるまでは大変でした。

しかし、経験はしておくもので、後年、時折発生する角折れの対処などで随分役に立ちました。
牛の角は袋角で外側は5ミリ位の堅い角質なのですが、中は柔らかい軟骨で出来ています。その間に離層があるみたいで、物に挟んでひねると簡単に表面の角質部が抜けるのです。丁度、角笛みたいな形でね。抜けた当分は軟骨部分がものに当たって出血、手当が必要になります。群飼育の放牧形式となると案外発生が多く、見浦牧場では年間2−3頭くらい、ひどい出血の時は顔が真っ赤になっていますから、慌てます。そんなときは最初の角切りをを思いだしながら手当をするのです。
消毒をして4重にしたガーゼで覆い、ゴム輪を何本も掛けて止める、角はテーパー(円錐状の先細りの勾配)がついているので止まらないと思うでしょうが、これで上手くゆく、年の功です。

ところが世代が交代して何代か経つと、角の切断は不要になりました。牛が変わったのです。本来の姿に戻ったのです。
牛は、もともと集団で暮らす動物なのです。貴方も西部劇の映画で牛が大きな集団で移動して行く場面など見られた事があるでしょう。それが日本では1−2頭の少数飼いが基本、乳牛などで何十頭の規模はあっても舎飼いで、子牛の時から集団で暮す飼い方は日本ではまだ珍しかったのです。ましてこの地方では。

話は変わりますが前段で出たドミネンスオーダーと言う言葉、集団で暮らす動物がボスを筆頭に力によって順番が決めることを順列といい、その外来語です。その反対性質をテリトリー(縄張り)というのです。全ての動物はこの2つの性質を持ち順列が大きい動物は縄張りの力は小さい、縄張りの性質が大きい動物は順列の性質は小さいと言う一つの法則が成り立っているのです。
牛は本来集団で暮らしていた動物、12ヶ月以上にもなると、順列の仕組みの中にしっかりと組み込まれる、年に何回かある一寸したショックで群全体で力比べが始まって順位が入れ替わる、自分と相手の力の差が判ると力比べがおしまい、怪我をするなどは先ずない。
これが本来の姿だったのです。ところが集団で暮らしたことのない牛君はケンカが始まるとトコトン闘う、相手がもう参ったと降参しても角を振り上げて突いて行く、それで良く怪我をしましてね。そこで対策として角切りが奨励されたのです。
見浦牧場の牛も最初は市場から買い集めた舎飼いの牛の寄せ集めですから、ケンカ、イジメのオンパレード、角切りは多頭飼育の基本的な技術と錯覚しましてね、勉強したものです。
専門書には角切りの方法は列挙してありましたが、貧乏な見浦牧場では高価な道具が必要な方法は論外で、最初は苛性ソーダを使いました。ところが生長点を焼くと、簡単に書いてあるものの実際は大変、棒状のソーダの固まりで角の生長点をこすって焼くと、皮膚が焼け、肉も焼けて骨が見えるようになる、そこまでしないと角が生えてくる、変な形の狂った角がね。
ところが処置する間にも傷口から漿液がにじみでる、それが流れないように拭かないと他の処まで傷になる、おまけに焼き方が足ないと、変な角が生えてくる。これは見浦牧場には向かない、そう結論を出したのです。

次は鋸で切り落とす方法で除角を実行したのです。大工鋸をアルコールで消毒してゴシゴシと切った。驚いた牛が暴れるのを枠場に厳重に保定して1/3ほど切って驚いた、切り口から血が2メートルほど吹き上がった、焼きごてで止血をしろとテンヤワンヤ、専門書で勉強して再驚き、牛の角の中には2−3本の細い動脈があると、それを切ったのだから吹き上がるのは当然、おまけに血管に沿って神経が通っているのだから、牛が暴れるのもまた当然、何も知らないと言うことは飛んでもないことをする。
ところが集団の中で生まれ、集団の中で育った牛達は除角の必要性を認めない。むしろ受精や治療の時の捕獲に角はなくてはならない、投げ縄は角にかからないと止めることが出来ない、首にかかったら引きずられるだけ、専門書にはこんなことまでは書いてなかった。
学問は大切だが、実社会はそれだけでは通用しない、学問と現実の差を埋める目を持つ、それが大切なんだ。

同居している孫達は10才を頭に8才と6才、目下悪戯の天才達、彼等の好奇心の芽を摘つまない様努力している。その好奇心が成人して世の中の盲点に気付いてくれることを期待している。どんな小さなことでも、その集積が社会の進歩に貢献する、私はそう信じているから。
目まぐるしく進歩する近代社会、彼等が時代に遅れずに歩き、時には時代に先んじるためにも、失敗を恐れず挑戦してほしいと思うのです。但し被害は最小にしなければなりません。事前の勉強は忘れずにと忠告しておきます。

2012.9.30 見浦哲弥



posted by tetsu at 00:25| Comment(0) | 牛に学ぶ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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