2014年01月17日

総力戦

見浦牧場は主力の和弥夫婦と私達老人二人組の4人体制で運営している。勿論80を越した私と家内はサポートだが、それでも私が畜舎の掃除、家内が肥育牛の餌やりが責任範囲だ。
ところが家内の晴さんが時々入院する、途端に私の仕事が多くなる。ま、何とかこなせるので問題にするほどの事ではないのだが、計画にしたがって休み、食事をし、就寝をする、それと仕事を一致させなくてはいけない、これが思考力の落ちた老人には案外の重荷なのだ。この「計画を立て、実行する」と言う簡単なことがうまく行かないなど、つい先頃までは考えもしなかった。これは思考力の低下に他ならない。老人になると、とんでもないことが起きる。

家内の前回の入院は白内障の手術、入院は短かったが仕事への復帰は1ヶ月あまりかかったな。今回は子宮の全摘出だから身体の負担も大きい、仕事の復帰も時間がかかる。唯でさえ忙しい見浦牧場、彼女も決心がつくまで何年もかかったのだ。思い切ったときは81歳、今度は手術に体力が耐えることが出来るかが問題になった。手術が成功しても回復には時間がかかる、場合によれば現場復帰は出来ないかもしれない。勿論仕事より人命が大切、当然のことだが、それに彼女が欠けた後の仕事の段取りを完全にしないと入院してはくれない。
やっと納得させて入院したのがH25/1/11、手術はうまく出来たのだが、80の高齢は回復が遅くて、本人の仕事復帰を抑えるのが大変だった。3月中旬になり少しずつ外の仕事をはじめて、4月に何とか畑仕事も出来るようになった。
見浦牧場の4人体制を3人でこなしたのだから大変と言えば大変だが何とかなるものである。

復帰とは言え、外の仕事は医者から堅く止められていた。ところがご本人、家事よりは外の仕事が好きと言う根っからの田舎者、一部でもやらせろとのたまう。勿論、雪も消えて一日5時間前後の肥育牛舎の管理は、体力の温存のため無理。
しかし、私も肥育牛の飼養のため、機械作業が重荷になる。畜舎の掃除、堆肥撒きなど、重作業との両立は結構疲れる、彼女が見かねての申し出だが、4月まではと引っ張る,それでもそこまで元気になったのは神様が見捨てていないお陰。

4月も後半になった。彼女ほぼ体力を戻したようだ。ただし頑固病は進行した。もともとの気性の激しい人が頑固になったのだからたいへんだ。これも老化の一つか、元気になった事で良しとしなくてはなるまい、天なる神に感謝している。

2013年の平均寿命は男性が78歳、女性は86歳、女性は男性より8歳も長い。私はもう平均寿命を4歳も越しているのに彼女はまだ6歳も残している。体力があったのは当たり前かと言う事にして納得している。

5月、もう昔に帰った。元気になって牛飼いや畑仕事をしている。今回の冒険は成功したようだ。やはり私の最後は彼女の世話になろう。彼女は「あんたの尻しごう(始末のこと)は真っ平」とのたまうが、元気な方が面倒を見るのは世のならいだから。

2013.5.3 見浦哲弥

追記
7月の参議院選挙で自民党が大勝、財政再建が日程に乗り始める。身近なのは高齢者の国民健康保険の自己負担が 65−75歳までは20パーセントに戻されたが76歳以上は従前どうり10パーセント。ちなみに晴さんの今回の入院費は60数万円、10パーセントだから何もかもで10万円は要らなかった。子供の頃、田川のお爺さんが倒れた時、「一度でいいから医者に診せたかった」はお婆さんの悔やみ言、私達はいい時代に暮らしているのだと思う。
posted by tetsu at 07:57| Comment(0) | ある日の出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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