2013年05月02日

選挙が変わります

小板は人口の減少で投票権を持つ選挙人の数が減りました。選挙毎に開設していた投票所の廃止統合の問題が登場してきました。役場が何時言い出すかと期待?はしていたのですが現実になると難しい問題を多く含んでいるのです。

数年前までは選挙人が50人前後いました。国政選挙、地方選挙の度に投票所が開設されました。長い間、松原小の小板分校が会場で、役場から選挙管理人が2名、地元から選挙立会人が3名が一日中、投票所に詰めるのが習わしでした。

道路が整備され自家用車が普及してからは便利になりました。敗戦後の選挙では選挙の前日、役場の職員が泊まりがけで、投票所の開設にやってくる。ベテランと新人がペアになって。小板には旅館はありませんから、宿泊所の斡旋も部落長(自治会長)の仕事、たいていは自宅に泊めてましたね。昔役場の職員だった老人の中には、見浦さんの家に泊めて貰ったと話す人が多かった。同年代の彼等に会うと見浦さん宅に泊めて貰ってと懐かしむ人に出会うのです。巨大な茅葺きの家で囲炉裏を囲みながらの食事、陸軍の将校で、県内、県外の長い教員生活をしてきた父の昔話は強烈な印象を与えたらしい。

投票が済むと立会人の長が選挙箱を封印して立会人が捺印、投票箱を役場まで搬送するのに一人が付き添う。開票所で選挙管理委員会に引き渡し書類に署名して任務完了となる。
小板は役場から距離20キロあまり、2時間の終了時間の繰り上げでも冬場は帰宅できない。確か役場の前の丸一旅館で一泊して帰宅なんて記憶もあるのです。
その内に役場も公用車が整備されて活躍を始め、徒歩での搬送はなくなったが、小板にやってくるのは悪路用のジープ、ガタガタ揺られてね、引き渡して帰宅するのは7時頃、元気な男性にお願いと言うことになる。
初めは少なかった日当も少しづつ増えて婦人や老人には、一寸した小遣いになる臨時収入、都合の悪い人が出たときは、それも配慮してお願いしたもんだ。が杓子定規が自治会長になると大変、家の順番は義務だからとどんなに都合が悪くても勘弁して貰えない、せいぜい次回と差し替えるが関の山、人に優しいとはどんなことかを知らない人もいました。

昔は立会人は余程の事がないと男性、男女平等は紙の上だけ、女性の発言が重みを増すにはそれなりの時間が必要だった。やがて女性が登場し、立会人は男性が珍しくなる。そして女性と元気な老人の独占場となった。そして過疎が進行、お願いする人にも事欠くようになり、投票場の廃止に繋がった。時は行政改革のまっただ中、一回に20万円もかかる費用の削減は格好の目標だった。

さて、新しい投票場は7キロ離れた松原、一軒だけの餅の木は小板からでも4キロはある、合計11キロ。自動車の時代とはいえ投票も大変になった。来月は小板投票所が廃止されて最初の選挙、安芸太田町の町長選挙がある。高率だった投票率がどの程度になるのか、これも少々気に掛かる。

2012.9.25 見浦哲弥

posted by tetsu at 08:13| Comment(0) | 地域社会を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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