2012年09月21日

蛙の声

2011.4.23 今年始めて蛙の声を聴きました。小さな声ですがケロケロの声はやっと春が来たと告げていました。

2−3日前、10センチにも及ぶ積雪があった今年の冬、何もかもが異常で死者まで出した豪雪、誰も彼もが一日も早い春の到来を望んだのに足踏みの連続、桜前線の北上も小板では他国の話でしたが、やっと蛙が鳴いた、やっと。 

蛙といえば昔は田圃に水を入れて田仕事が始まると大合唱が始まったものです。盛りの夜はうるさくて眠りが妨げられた。水田が1/10にも減った現在では蛙は場所を探すのが大変で、見浦牧場の牧草のロール置き場の水たまりは彼等には格好の場所に見えるのでしょう。おびただしい産卵、オタマジャクシと続くのです。子供達が大喜びで騒ぐ、豊かな自然があった昔の田園は彼等生物達の極楽だったのですがね。

ところが過疎化と転作で水田が激減、蛙も泥鰌(ドジョウ)もメダカも姿を消したのです。 

そして見浦牧場の水溜りにオタマジャクシが現れる。それが春の好天が続くと水が干上がって全滅する。見かねて水を汲んだりするのですが、春は本業の牧場が忙しい、いや忙しいのを越して多忙の連続、気がついて見に行くと全滅している。オタマジャクシとは言え命の消滅は厳しいもの。小板の自然も変わりました。

ところが、加計の吉水園で有名なモリアオガエルは増えました。この蛙は水たまりの上の草や木の枝に、真っ白い泡を作って、その中に卵を産み付ける。その泡の中で卵が孵化して、小さなオタマジャクシになり水に落ちて育つ、独特の生き方を持っている、これが吉水園では池の上に花が咲いたように卵が産み付けられる。それで有名なのですが、見浦牧場でも大小二カ所の池で見られるようになったのです。昔は時折田圃の石垣に見られるにすぎななった現象が、本当に花が咲いたように無数にぶらさがる。

運良く孵化する直前に出会うと水面に差し出た枝は白い花が咲いたよう、自然の妙とはいえ見事な眺めです。純白で綺麗なのは数日ですがね。この蛙は増えたのだと思います。

しかし、身近の風景をよく見ると、子供時代は当然の事と受け入れていたことが激変しています。

蛇が少なくなりました。餌の蛙が減ったのが原因でしょうが、草むらの中の”グッ、グッ”の声をたどってみると、蛙が蛇に飲み込まれている最中なんて事もよくあったのです。そんな光景は、もう何十年も見ません。ところがマムシはよく見ます。例年家の回りで4−5匹は殺しますか。多い年は10匹以上、毒蛇なので噛まれたら大変で入院する騒ぎになります。生きたまま一升瓶に入れて焼酎を加えて蝮酒(マムシザケ)を造ると言う友人もいましたが、噛まれて予後が悪く死んだなんて事もあって、もっぱら見つけたら殺す事に精出していますが、増えた気がします。住人が減って蝮酒製造業者がいなくなったせいでしようか。

この地方は蝦蟇蛙(ガマガエル)が多いのです。松原の高等科に通う頃は雨降りの日は必ず道の中に”ドンビキ”(がまがえる、蝦蟇蛙の事)がいました。小さくても背中のイボイボが気持ちが悪いのに、時々巨大なのが現れましてね。のっそり、のっそりと歩く、動作が鈍いものだから自動車に潰されたりして。卵も独特、林の中の水溜まりに長い紐状になって産み付けられていました。

この蛙も珍しくなりました。もう何年も見ていません。そして卵も見かけることはなくなりました。

土日にもなれば整備された道路を都会人が散策する。ウォーキングあり、サイクリングあり、アマの写真家も歩く。藁屋根はなくなり、モダンな別荘が散見されて風景も変わった。従って足下の蛙君の生活が変化したのは当然かもしれない。変わっていないのは深入山だけ。

昔は遠くなりました。あの蛙の大合唱はもう一度聞いてみたいですね。

2012.6.6 見浦哲弥
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posted by tetsu at 09:20| Comment(0) | 中国山地の自然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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