2010年08月15日

92歳まで生きる

沢山の雑文を書いてきました、そして思いつくまま題名をつけてきました。
ところが、あまりにも多すぎて題名から何を書いたのか、文の内容を察する事が困難になり始めました。多分に老化のせいとは思うものの、不便なので題名は即内容を想像できるものにすることにしました。そして、この文がその最初です。

息子の和弥は38歳、本来なら今が人生の最良の体調を謳歌している年齢ですが、残念ながら持病がある。小さいときから激しいアレルギーに悩ませられた彼は、喘息に苦しんでいます。大気汚染の激しい都会と異なって、空気の綺麗な小板は彼には最良の環境の筈なのですが、山村の生活は激しい肉体労働を要求します。季節の変わり目に苦しむ彼を見ると、私はもう少し長生きをしなくてはならないかと思うようになりました。

和弥は随筆”背負うた子に教えられ”に書いた様に、最近の若者には珍しく、自然を見つめる心の目を持っています。自然を肯定するだけでなく、それを人間の社会に置き換えて考える思考も、私の生き方をもっとも良く知っている人間の一人です。しかし、前に述べたように体が弱い。もっとも、私も体が弱くて父に何度も見放された様に、若いときは決して頑健と言えませんでした。ですから、その内神風が吹いて健康を取り戻すのでは、それが私の願いです。

ところで彼の子供は男の子ばかり3人もいる。この子達に私の生き方を伝えたい、勿論、息子や嫁さんを通して、そして運が良ければ私の口からも直接に体験を話してやりたい、それは高望みだとお笑いでしょうが、これも願いです。その為には最小限あと15年は生きなければなりません。夢のまた夢、でも楽しい夢でもあります。
もしその夢がかなった時は、何から話してやりましょうか?。

でも、それは私のささやかな希望に過ぎません。この年齢になると何時人生の終わりを宣告されても文句は言えません。それで思いつくままに、記憶を文章に変えているのです。
そして、孫達だけでなく、そとの若い人達にも読んで貰えるのではないか、そんな不埒な考えもあるのです。

2008.9.6 目下、老いが絶え間なく進行中です。昨日は前日草刈りをした住福草地でトラクターで集草しロールにしました。夕立が来そうなこともあって、1時から夕方6時まで休憩なしでトラクターに乗って作業をしたら、こたえましてね。夜中の2時まで動けませんでした。おかげで受け持ちの牛達30頭あまり、その他に子牛が10頭程いますから40頭ですか、食事がもらえませんでした。作業に行こうと思っても体が動かない、こんな時に老化の進行を痛感する、勿論、思考の方も停止、ひたすら眠って回復を願うだけ。ただ有り難いことに病気ではないので、時間が経つと気力と体力が沸いてくる。

私には5人の子供がいます。家内の春さんに言わせると、悪いところは全部私の影響とか。でも私にも言わせると頑固なまでに生き方にこだわる、いい点も伝わっているのにと、心の中で自慢しているのです。

そして末っ子の和弥夫婦が牧場を継いで生活を共にしているのですが、彼は物の見方、他人に対する思いやり、等々今の社会が若者のに期待する考え方のほぼすべてを自分の物としています。
本人が気がつかなくても社会が彼を求めている、適切な判断、正確な見通し、集会に行くと何時か周りに人が集まる、自分は勉強するために集会に出席してるのにと、ぼやきます。が、体力のなさが大きな欠点、その原因を与えたのは、彼をこの世に送り出した私達夫婦に責任があります。ですから残りの人生は彼のサポートで使い切ることにしたのです。孫達が彼の戦力として役立つまで。
明弥が二十歳になるまで生きるとすると、私は93才、家内は92才、日本の平均寿命が78才ですからかなり遠大な計画で、同級生の大部分が幽冥境を異にしていますから、欲が深いと笑うのも無理はありません。

2009.2.26 八幡の堀の姉が訊ねてきました、私は留守だったのですが、春さんの話では甥坊の弘和が膀胱ガンで全摘とか、60前後の筈ですから笑い事ではありません。最近は身近な人間がガンで倒れることが多い。何しろ死亡原因のトップを争っている厄介な病気ですから、私の様に78才でまだ元気で働けるのは、よほどの幸運かも知れません。

2009.9.1 農兵隊(戦時中動員されて働いた組織)の友人 柏原明四君が亡くなりました。動員先で病気になり一週間、同じ病室で枕を並べた仲、彼の親類が此の集落にあり、時々は顔を合わせた。その彼の訃報は私の残り時間は後幾ばくもない事を、思い起こさせました。”人間は生まれたときに死が約束された”は瀬戸内さんお説教ですが、考えてみれば一生と言う時間は随分短いものですね。このことを20歳、30歳頃に理解していれば、もっと違った生き方があったでしょうね。

2009.9.22 毎日機械に乗って作業をしています。まだ複雑な操作も何とかこなしていますから、もう少しは大丈夫かも知れません。目標は92歳、でもただ生きて居るだけの目標でなく、それなりの作業をこなし牧場の一員として役だつ事が願いですから、呆けては目的を果たしたことになりません。
くたびれた頭脳を励ましながら読書を続けています。目下、オープンオフイスのマニアルを読み始めました。

最近は体の衰えで夕方の6時頃からは休む様にしていますが、気力だけは前向き、母屋に枝を伸ばしていた老松が枯れたのも処理出来たではないか、機械で引き倒すために、地上20メートル近い幹の上部にワイヤーを取り付ける作業も、考えに考えて成功しました。
年を取ったから駄目なのでなく、体力の衰えは長年の経験と知識で補う、そんな前向きな気持ちでいます。

成せばなる、成さねばならぬ何事も、ならぬは人の成さぬなりけり。
これが、現在の私自身を励ましている言葉です、弱気になって尻込みがしたくなると”なせばなる” とつぶやく事にしています。

2009.9.21 見浦哲弥
posted by tetsu at 21:04| Comment(0) | 終末に向き合う | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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