2010年07月24日

あわてる乞食はもらいが少ない

この言葉は私が最も憤慨した罵声である。
もう過去の話しになった米の生産調整、貴方はまだ覚えておいでだろうか、敗戦後の日本が直面した問題に深刻な食糧不足があった。しかし政府の手厚い保護と技術の進歩で米作りは進歩し、日本の農村では最も安定した有利な作物になった。
ところが、食生活の変化でコメの消費が減少、余剰が生じ、その米を農業倉庫に保管して需要の増加を待ったのだが、余剰米は増加するばかり、農業倉庫(主に農協の所有)の保管量も増加、古古米(保管の年数がたつごとに食味が減退する、まずくなる)は食糧不適で飼料用として安く売り払うなど、食管会計(独立の食糧管理会計)の赤字は危機的に増大、たまりかねた政府はコメの生産調整に乗り出した。すなわち、コメを作らないと補助金をもらえる。その上政府の指定する作物を作ると補助金の上乗せもある。まじめに考えると随分農民を馬鹿にした政策なのですが、背に腹は代えられない。
その政策は昭和41年から始まったのです。基準は昭和40年にお米を作った田んぼが対象になる。ところが見浦はその40年に転作をして飼料用トウモロコシを作ったのです。一輪車しか行けない6アールほどの田んぼを除いて全面的に転作、したがって転作料と呼ばれた補助金の対象にはならなかった。

それを伝え聞いた反見浦派の人たちが集まって曰く「理屈ばっかりこねやがって、補助金がいっそも貰えんげな、あーゆうんを、あわてる乞食はもらいが少ない、ゆうんよ」と。さすがに笑い過ごすには重すぎましたね。

働かないとお金がもらえる、そのほうがよほど乞食に近い、てめーたちのほうが本当の乞食なんだと喉まで出かけたが多勢に無勢、ぐっとこらえましたが悔しかったな。
でもそれからの長い年月が経って振り返ると、あの笑った人たちのほとんどは厳しい市場競争の中で脱落していきました。
最も、投資と称して値上がり前の近郊の土地を購入、高く売って大金をつかんだ人がこの集落からも出ましたから、真面目にコツコツと働いて積み上げるのは時代遅れと思い込んだのは無理はありません。
しかしその人も子供さんがお金儲けは真面目に働くことではなく、うまく立ち回ることだと思い込んだからたまりません。親類も巻き込んですべての財産を失う羽目に追い込まれたのだから、あの時の高笑いはなんだったのでしょうね。

そうはいっても、真面目にコツコツ積み上げるのには勇気が要ります。特に若いころは周囲の運のいいやつばかりが目について、自分が情けなくなりました。
人生は努力の集積だと説かれても、格好のいい奴がちやほやされるのをみると、なんでもっと好男子に産んでくれなんだかと親を恨みましたし、体育の時間に要領が悪く仲間に笑われて自信を失って人をうらやむ、子供の頃は特にそうでしたね。
まして努力をしないで親の財産のおかげでのうのうと暮らす、うらやましいよりは反感を持ちました。この世の中は不公平ばかりとね。

集落の集会で金持ち談義が始まりました。裕福な2−3の人と取り巻き連中が能天気な話を延々と続けます。
聞いている人たちの中には生活の厳しい現実を抱えている人もいる。たまりかねて大きな声がでました。「世の中には生活の厳しい人もいるんだぞ、少しは考えて話せ。人の気持ちにはなれんのかい。」痛い指摘にお金持ちが激昂しました。「何か言えば銭がない銭がない口癖だがな。金がなけにゃ借りて使え、つまらんやつじゃあ」
話しの場が水を打ったように静かになりました。
後年、この人が破たんして無一文になったとき、誰も親身になってくれないと嘆いているのを聞いたことがありますが、自分がその種をまいたことは忘れてしまったのでしょう。

ニクソンショックで飼料の高騰、牛価の暴落で資金ショートに追い込まれたことがありました。ちょうどそのころ友人が思いもかけず高値で売れた山林代、700万円をどう使おうかと悩んでいると相談を受けた時は、さすがに世の中の不平等を恨みました。でもあきらめたりうらやんだりしないでど努力しました。その結果が今日だと思っています。浮き沈みは人生のならい、それを一つ一つ乗り越えてはじめて幸せや成功があると理解するまでには長い時間がかかりました。

汗を流さないで手に入る運は幸運ではなくて不運なのかもしれない、そんな話をしてくれる先輩が周囲にはいませんでした。そこに今の社会のひずみがあるのかも知れません。
ですからあえて声を大ににして伝えたいのです。この社会は努力せず、汗を流さないで手に入れたものは影絵でしかないのですよ、と。最も一日や一年や努力しても評価はされません。友人のように6年も努力したと訴えても誰も認めてはくれません。昔から10年ひと昔といわれてきました。最低が10年はかかる、今にはじまったことではないのです。
幸いなことに人間は、力のない子供と老人の間の時間を除いても、4−50年の長い時間を与えられています。どんな環境の人もチャンスは与えられているのです。そのことに気づくのと気付かないのが人生の大きな違いになって表れるのです。

最後にこの文章に目を留められた貴方、悔しい思いをしたときに思い出してください。悔し涙はマイナスではない、貴方の心次第で大きな力になることを、そうやって人生を歩いた人間が数多くいることを。
たった一度の人生です。くじけながら、泣きながら、それでも歩いている人がいることを思い、負けないでください。そしてその人たちは普通で平凡な人なんだということを。
汗しないで手に入れるものは本物ではない、それだけを知っている人たちだということを。

2009.7.31 見浦哲弥


posted by tetsu at 09:49| Comment(0) | 人々に学ぶ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。