2009年08月17日

作戦戦略 院長先生のアドバイス

和牛の飼育をした人なら誰でも、ご存じの病気があります。子牛の白痢症、生後10日から30日ぐらいに発症する下痢で、特徴は便が真っ白になる、軟便から、水様便になり、最後は血便になって死亡する。
一農家で飼養する牛が1−2頭で、年間子牛が1頭か2頭しか生まれない規模のときはほとんど発病ししない、あまり気にならない病気だったのですが、多頭化するにつれて多発するようになり、見浦牧場のように年間50頭以上も生まれると全頭発症する重要な病気になったのです。

もう30年あまり前になりますか、西日本の和牛農家の皆さんが、近くにある「いこいの村広島」というホテルで京大の宮崎先生を招いて研修会を開いたことがあります。その折、「見浦さんの牧場では、子牛の白痢病はどのくらいの割合で発症しますか?」と質問されました。「100パーセント」とお答えしたら、どっと笑われました。
まだその時代には、放牧の形式で子牛の多頭生産をしている農家はなかったのです。
しかし、1戸あたりの牛の飼養数が増えるにつれ、発症も増えて問題になりました。ですが、当時は適切な治療法は確立していなかったのです。

しかし、第二次世界大戦でチャーチル首相の命を救った抗生物質は畜産の世界でも威力を発揮していました。
白痢症も最初は獣医さんが処方してくれたオーレオマイシンオブレットの錠剤1/2を飲ませるだけで快復。抗生物質の威力に白痢症恐れるに足らずとおもったのですが、それからが大変でした。
何頭かの治療をするうち、薬の効き目が落ち始めたのです。1/2錠が1錠になり、3日も連続投与しなければおさまらない。そのうちに他の薬剤と併用しなければならなくなりました。

獣医さんがテラマイシンを使ってみますかと提案。治るものなら何でもとテラマイシンの筋肉注射に切り替えたのです。効果抜群、たちまち白い下痢便が健康便に変化し、いい抗生物質にあたったと喜んだのですが、これも前回と同じように効果が落ち始めたのです。
それでも4年ぐらいは効果があったのですが、ついには他の抗生剤に替えなくてはならなくなりました。これがこ私たちが「耐性菌の発生」と呼ばれる抗生物質の問題に出会った最初でした。

さて、それからは次々と効果のある抗生剤を探し回りました。ところが最初は効果があってもすぐ効かなくなる。しかも1−2年ぐらいでね。
もちろん問題点が見えたのですから、猛勉強を始めました。ところが抗生物質の耐性菌問題は人間の病気でも解決されていない大問題、答えなどあるわけがありません。
そのうちに、使える抗生物質(もちろん畜産用ですが)あらかた使ってしまって、獣医さんに「見浦さん、こんなことをしていたら使う薬はなくなるよ」と忠告される始末。
もっとも勉強で少しは知識を得ていましたから、効かなくなったテラマイシンの使用だけは厳禁していました。

テラマイシンの使用を厳禁していた理由は、細菌は最初は薬剤に耐性を持っていないはず、連用するから耐性を持つ、抗生物質が微量しか存在しない自然界では耐性を持つ細菌より耐性のない本来の細菌のほうが生存競争で勝つはず、それならば本来の細菌が生存競争で勝ち残るのに十分な期間を置けば、細菌の耐性はなくなるに違いない、こう思ったのです。それを効果の無くなったテラマイシンで確認しようと思ったのです。

10年が過ぎました。手に入る抗生物質もなくなりました。再びテラマイシンに帰るしか方法がなくなりました。
でも、ただ再使用するのでは能がない、何かプラスになる考えはないか、切れの悪い頭で懸命に考えました。ちょうどそのころ、傷の手当てで戸河内病院に出かけることがあったのです。

外科は院長の繁本先生、手当てを受けながら考えていたことが口に出ました。
「先生は治療をされるとき、細菌をどう思って対応されているのですか?」と聞いたのです。先生の答えは私の想像の他でした。
「細菌とは知恵比べなんだ。どうやって相手の裏をかいてやっつけるか。細菌もこちらの手の内を読んで抵抗してくるからな。薬の種類、投薬の量、回数、併用する薬、等々、人間と細菌の戦争なんだよ。」、場数を踏んでこられた先生らしい意見でした。

でも、この話は私の懸案に光をさしてくれました。白痢症の治療も細菌との戦争なんだ。それなら奴さんが混乱するようなことを考えればよいのではないか。
テラマイシンは細菌の分裂を防ぐ抗生物質、それにもう一つの抗菌剤を加えれば、大腸菌くん、少しは混乱するのではないか。とはいえ、こちらの腹を見透かされて両方の薬に耐性を持たれてはやぶへび、細菌への効き方が異質の抗菌剤なら、大腸菌くんも悲鳴をあげるのではないか、おまけに乳酸菌のように、大腸菌の繁殖を邪魔する生菌(生きた菌、腸内で繁殖して大腸菌が増える邪魔をする)を加えたら、と作戦計画が浮かんできたのです。
今、思い返しても、頭がさえていましたね。

いろいろ考えた結果、殺菌剤には化学殺菌剤のサルファジメトキシンを選びました。生菌剤は乳酸菌製剤。この3種を配合して白痢症の子牛に投与しました。ところが効果がいまいち。
でも、諦めませんでした。知恵比べなんだとの院長先生の言葉を思い返して、生菌剤を替えることにしたのです。ちょうど薬屋さんから、子牛の下痢用に開発したからとテスト薬がおいてあった。それが枯草菌の製剤でした。乳酸菌の替わりにその枯草菌の製剤を入れた3種混合の薬を投与したのです。子牛の症状が劇的に快方に向かった時はうれしかったですね。
家内の春さんが、「まぐれよー」と酷評しましたが、以来20年余、この方式で治療が成功してきました。ただし、ウイルス風邪の併症のときは、肺炎を発症することが多くて、別途に肺炎治療が必要ですが、これで見浦牧場では白痢症の対策が確立したのです。

確認のため、獣医さんの意見を聞いて回りました。ところがたとえ効き目があるにしても、投薬方法が間違いという意見が多かった。なにしろ生きた菌の生菌剤と、菌を殺す殺菌剤とを一緒に水に溶かして投与するというのですから非常識です。殺菌剤と生菌剤は時間をおいて別々に投与すべきという意見が大勢でした。常識的に考えればその通り、さらばと実験をしました。各々の薬量、投薬方法、ありがたいことに実験動物には不自由しません。試される牛は大変だったと思いますが。

その結果が、子牛の体重25−30kgに対し、
・テラマイシン注射薬5cc
・ジメトキシン1-1.5g
・ミノトール(枯草菌製剤)20g
を150-200ccの水に溶いて飲ませるのが最良という答えが出たのです。
発症の初期なら3日、泥状便以降なら4日投与するという処方で白痢症の治療が20数年続いているのです。
もっとも、サルファ剤にも耐性が出ますので、ダイメトンなど、形の違う製剤に代えて使うなど努力はしていますが、この長い時間効果が持続していることは、見浦牧場の大きな財産になりました。

現在は世の中が進歩していて、それぞれの専門家が高い技術を誇っています。私たちのような素人が立ち入られる分野ではない、餅は餅屋にまかせろ、は現代の常識ですが、案外な見落としと隙間はあるのです。地道な観察と発想は、このような思いもかけない新技術を発見することもあるのです。

われわれの世界はまぐれあたりで成功するような安易な世界ではありませんが、今日の報告のような出来事は案外多いのでは?

この文章を読まれた貴方、一度自分の周りや考え方をじっくり見なおしてみませんか?大切なことや素晴らしい現象を見逃しているかもしれませんよ。
「ありゃー、まぐれじゃー」と否定する前に。

2009/8/13 見浦 哲弥


PS
この処方が白痢症に対して長期間にわたって効果を持続している理由については、いまだにはっきりしておりません。もし心当たりがある方がおられましたら、仮説でも結構ですので、是非情報をお寄せください。



posted by tetsu at 07:41| Comment(0) | 人々に学ぶ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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